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  • 2013.10.17 Thursday
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「BALLAD 名もなき恋のうた」と「アッパレ戦国大合戦」

VFXをやっている白組の講演を聴くためにというのが目的で、BALLADを見ました。

「アッパレ戦国大合戦」も見返したので、その比較や感想など。

■主人公は真一、主役は又兵衛

 

一部シーンがカットされたり(刀を鞘に収める「緊張」のシーンや、ギャグパートは軒並みカット)追加されたり(大倉井のシーン増や最後の石碑など)していますが、殆ど台詞まで同じに作られていました。

こうした「まんま移植」を嫌う監督が殆どなのですが、山崎貴監督はその辺拘らないというか、「良いものは良い」という考えなのかもしれません。

両作品に言えることですが、主人公家族は基本的にはあまり活躍しません。

あくまでもメインは、現代の介入を受けた又兵衛の話。

 

■野原家から川上家へ

 

主人公は小学生という設定に。これは、物語のなかの感情の機微を理解させるのと、物語のひとつのキーとなる純粋さや無邪気さみたいなもののバランスとして、小学校低学年くらいを設定したのだと思われる。

映画版で空気だったひまわりはいなくなり、ミサエが美佐子(夏川結衣)、ヒロシが暁(筒井道隆)に。美佐子は専業主婦ではなく共働きで、暁(あきら)は合戦の場面で遠眼鏡代わりにカメラを使ったり、ポラロイドを使ったりというシーンを入れたかったがために、カメラマンという設定になっています。

夏川結衣さんのキャスティングはそれっぽい感じだけど、筒井道隆さんは現代のパパってな感じになっていました。確かにあのヒロシができる俳優さんってぱっと出てこないですねー。

名前を変えなければならないのは、版権とかの関係もあるんですけどねw

 

■「逃げる」家族達

 

では序盤から。

アニメ版もそうなのですが、キーワードとして「逃げる」という言葉があり、そのワードを強調させるための「逃げた」シーンがBALLADにはありました。

親しい女の子と下校中、女の子にいじめっこ3人が絡んだとき、お前は関係ないと言われて逃げるようにその場を去るというもの。

そこになんとか「自転車キャラ」という印象を真一につけたかったようなので、真一だけ自転車に乗っています。

なんかこの辺りはちょっと違和感のようなものを。

確かに、いじめられる理由みたいなものを出しちゃうと女の子のキャラが立ってしまうので出せないわけですが、シーンを学校が見えるようなところでもよかったなとか、何故真一だけ自転車というところがあったり。

で、タイムスリップの装置としての手箱は、家の庭ではなく500年生きている大きな樹木の根元に埋められています。

アニメでは野原家の庭に埋められていたものをシロが掘り出すというかたちになっていましたが、実写では、この木に向かって「僕に勇気をください」(なんか某「逃げちゃだめだ」っぽい感じでしたがwww)と真一が願ったところから、木が願いを聞き届けたようなかたちで掘り出すことになっています。って解釈ですが、だったら真一はまじまじと木を見つめるカットがあってもいいかと思うので、もしかしたら単に偶然ってことなのかもしれないです。

真一の臆病さの他にも、父の暁がカメラマンを一時休みにして別の仕事をしようかと悩んでいたり、それを巡って妻美佐子との仲が険悪になりかけていたりというのが、ドラマツルギーでいうところの「欠落の回復」の「欠落」した部分なのですが、ちょっと分かりづらいかなぁと。

もう無理やりにでも、台詞で「仕事から逃げる気」みたいにキーワードを強調させてしまった方がわかりやすかったのでは・・・。

 

■ヒロシの覚悟

 

アニメでは庭に埋まっていた手箱を見つけるのが容易でしたが、実写ではシロが大穴をあけるわけではないので、その場所を印象付けるための父子の会話シーンでした。

最後に真一と出会った場所にすること、「川上の大くぬぎ」というワードでのタイムスリップの伏線、それを写真に撮ることでのカメラマンという印象付け、それを一気に行っています。

春日の合戦を調べるのも、実写では美佐子がインターネットで調べてしまいますが、郷土史はアニメ版のヒロシのように地元図書館で調べるのが正しいと思います。

野原一家がタイムスリップを決断するとき、ミサエの「戻れないかもしれないのよ!」に対して、「しんのすけのいない世界に未練なんかあるかよ!」というヒロシの言葉が僕はとても熱くて好きだったわけですが、それはなくなっておりました。ちょっと残念ですね。

さらに言うと、アニメ版では「おくるまで」というワードがあったので、無理やり車庫から車をこすって、家の雨どいを壊しながら庭に行くわけですが、そういった覚悟みたいなものが、実写にはなかったかなと。

おそらく「実写はあんまり・・・」って方は、こうしたところがひっかかったのかなと思います。あとギャグパートの緩急かな。

実写も、「川上の大くぬぎ」のシーンは、暁が車で来ていれば、車で過去に飛ばされる必然性につながったのではないかと。

 

VFXが凄い戦国時代シーン

 

ここで白組の講演が生きてくるわけですがw

アニメと実写を見たときに、「よくもまぁこんなそっくりな地形を見つけたもんだなぁ」と思っていたら全部VFXです。本当にありがとうございました。

山、城、モブ、全部CG。旗が揺れていたら手切りで合成。もう凄すぎるよVFX! でも手切りとか手間かかるよVFX

デジタルで作り出す人は、通称「デジタルくん」と呼ばれるそうですw

形を入力して、動きをいくつかのパターン作って、違和感ないように配置をすることでデジタルくんが自然に見えるようになるのだとか。

派手なシーンに地味な作業って感じですね。

エキストラの数を大幅に減らし、カメラクレーンの影を消し、危険なスタントをこなす。技術素晴らしい!

 

■草なぎさんのキャラクターと又兵衛

 

この映画のよさは、原作、追加された演出、そして草なぎさんの演技にあると思います。

朴訥だけどやさしいところもあり、子供の言うことにも耳を傾ける。それがアニメの又兵衛の要素でもあり、屋良有作さんも好演でしたが、草なぎさんは静かに語ったり、照れたり、狼狽したりというキャラクターの魅力が出る演技が上手いというか、そういうキャラクターを持っているんだと思います。

でも、なんで又兵衛の「青空侍」という要素を削っちゃったんでしょうかね。

アニメ版のエンディングの演出としても効果的だったし、廉姫に「どうせまた空ばかり見ていたのであろう」とからかわれる場面もなくなっていたし。

 

■しんのすけと真一の違い

 

しんちゃんはある意味超ポジティブで、子供の「許される」という特権をフルに活用して強かに生きています。なので、アニメ版では元々「逃げない」キャラクターであり、彼の成長は辛い現実というものを知ることだったりするわけですが、実写版は少々異なります。

真一は基本臆病な人間です。なので、戦国時代の動きはしんちゃんのように傍若無人というわけにはいきません。

その分、リアリティや共感できるところが出てきていると思いますし、実写版のテーマに据えた「逃げない」が強調されます。

ただ、もともと「しんのすけ」の話だったこともあって、武士の又兵衛に真一がツッコミをいれるというのは、やや変な感じはありました。

 

■物語の構造はBALLADの方が丁寧

 

アニメ版では大倉井は合戦の場面まで顔出しはありませんし、廉姫を何故娶りたかったのかというところも描写されません。

この辺は、大倉井に大沢たかおさんを起用したこともあったのかなとは思いますが、これがあった方が丁寧かなと思います。

このほかにも、たいまつを灯して軍勢がいると見せかけ、それで相手の兵が疲弊しているから夜襲だとか、結構細かいことをやっています。

 

■春日部防衛隊から文四郎へ

 

タイムスリップしても、似たような人物が存在するというのは、実写でも「バックトゥーザフューチャー3」等で使われておりますが、アニメでは比較的多用される手法だったというか、あの物語を「クレヨンしんちゃん」でやる意義みたいなところとして、アニメでは使用されておりました。

が、実写ではそれができないので、代わりに登場したのが「文四郎」というキャラクター。アニメでは又兵衛と一緒に暮らす仁右衛門の息子は皆討ち死にしたことになっておりましたが、BALLADでは最後の一人を生きていたことにして、文四郎にあてました。

これは、少年でも戦場に立たされるという要素が出てくるところでしたが、その辺はあまり強調されません。

現代の身なりで目立つ真一をフォローする場面や、真一から自転車の乗り方を教わるシーンはかなり良かったと思います。せっかくなので、自転車で戦場につっこむくらいのことはしてもよかったんじゃないかと思いますがw

春日部防衛隊は合戦場面以降活躍しないのに比べれば、きちんと1キャラクターとして最後までいるので、良いかと思います。

 

■使われた現代のテクノロジーと演出

 

しんちゃんは、尻で真剣白刃取りしたりなどできましたが、真一はさすがにそんなことはできません。というところで、近年子供が持ち歩いている防犯ブザー(あんまり効果的ではなかったですが)が使われました。

他にも、先にちょっと触れましたが、カメラを遠眼鏡のように使ったり、決死隊の兵士に覚悟を決めさせると同時に士気を高めるためのポラロイド写真撮影、そして何より多用されたのが、真一の持っている携帯。

まぁ、「そんなに電池が持つかっ!」と一瞬思いましたが、車のエンジンかけてれば充電もできますし(=w=)

これで写メやムービーを撮りまくるというのは、かなり効果的な演出でした。

エンドロールで撮った写真が出てくるのは、なかなか感動的です。これが上手いなぁと。

アニメ版もダンスマンが歌うエンディングの曲が好評のようですが。

ポラロイド撮影のシーンは、わいわいやりながらも、明日死ぬかもしれないという思いがあって、こちらもとても感動的でした。白黒だったのは実に巧妙だと思います。

写真撮影のシーンで、撮られる人がフラッシュに驚く様子が出ていたので、これは合戦に使われるのかなと思いましたが使われませんでしたね。

フラッシュでの目くらましも、そこそこ使われるネタだと思ったのですが。

車は坂道などが走りやすい車種になっていましたが、窓に鉄砲の弾が当たることは実写ではやりませんでした。

まー、乱戦では飛び道具撃たないですけどね、確かに。でも、多少車にダメージ入った方がよかったなぁと。

それと、これはアニメの方でも思いましたが、又兵衛を車に乗せて本陣に突っ込まない理由というものを出してもいいんじゃないかと。(主力を欠いた部隊が壊滅する問題があるわけで)

 

■カレーとビール

 

カレーを振舞うのが、城の殿様達から仁右衛門夫妻と元野伏せりの兵士になりました。アニメではカレーは城、ビールは仁右衛門となっていましたが、くっつけてよかったのではないかと。

このカレーとビールという組み合わせが文明感だけでなく庶民感を出しているのがよくて、そういった利便性を理解できていないしんのすけの「コンビニ行けばいいじゃん」が、現代との違いを強調させるところだったわけですが、「コンビニ〜」と言うには真一は成長しすぎているのでできませんでした。

その代わりの、廉姫が婚儀を行わないことで喜ぶ又兵衛の姿を携帯で撮る行為でしたが、これもいいシーンだったと思います。

 

■廉姫

 

実写版は良くも悪くも新垣さんだったと思います。

ツンデレ要素がないというか。とても気高いお姫様になっていたかと思います。

帰ってきた又兵衛のもとに走るシーンが、ややピンボケで残念でございました。長まわしだったこともあって、僕が監督でもさすがに動きにくい和服で長距離走らせた新垣さんに、「すみません、カメラの都合でリテイクで!」とはなかなか言えず、「まー、これも幻想的でアリだよね」とか言っちゃうかもしれません。

実写は表情芝居ができるのが強みですね。

実写版の最後、「ありがとう」の石碑を残すところは、いい演出だと思いました。

 

■大倉井×大沢たかお

 

先も演出が丁寧になっているという話をしましたが、姫を見初めたシーン、廉姫を娶りたいと直接言いにくるシーンが追加されています。

さらに、アニメ版では最後の一騎打ち、侍大将同士で戦いながら、しんのすけと大倉井が戦う展開でしたが、一騎打ちには大倉井のみが行います。

このシーン、アニメ版もそうでしたが、一騎打ちに応じる要素を強調できればなと思いました。要は、廉姫が愛するところの又兵衛を凌駕したいという感情があって、それで一騎打ちに応じるという流れがあるんだと思うのですが、それがちと足らない気がします。

「南蛮鎧を着ているのが大倉井じゃ」という台詞がアニメにはあって、そちらではプレートメイルを身に着けているのですが、なぜか実写では黒のスケイルメイルっぽい鎧になっていました。

残酷、西洋かぶれというところで、モデルは信長っぽいですが、なんかあっさり兵を引くし、最後借りができたみたいになるし、いいひとっぽいキャラで終わってしまいます。この辺もどうなんでしょうね。

倒せば大倉井の領地は大きく乱れることになるし、逃がせばまた戦が行われるというところで。

アニメも実写も、その辺には敢えて触れませんけれども。

 

■戦闘描写

 

基本的には実写はアニメの展開をそのまま追っているのですが、やはり実写の絵づくりとして、絵になる映像をつくらなければならないということがあります。

そんなわけで、槍の柄で叩きのめすのが実際の戦闘で、アニメではそれを再現しておりましたが、実写ではやはり刺すように使っております。

 

■緊張と又兵衛の小太刀

 

アニメでは、「男同士のお約束〜」ってネタがあって、それと比較しての「緊張」という刀を使った約束の儀式でした。

で、このシーンがあったからこそ、しんちゃんが「その刀ちょうだい」となるのですけれど、実写では「男同士のお約束〜」がないことと、あまり真一が又兵衛の恋心にツッコミを入れないため、このシーンがありません。

なので、刀が欲しいという話は唐突な感じがしました。

逆にそれがないなら、刀が欲しいと言わなければよかったのではないかと。「刀を欲しがること」があまり重要には思えませんでした。

 

■ラストシーン

 

目の前で親しい人が死ぬということ、そのやるせなさみたいなものと、その死をどう受け止めるのかというところがよく描けております。

しんちゃんは元々強いので、この死を目の前にするという体験が成長でしたが、真一は勇気をもらえたわけです。最後、自転車に乗って「うぉー」と叫んで終わってしまいますが、もうちょっと何かなかったのかなと。途中の夢などでも、最初に登場した女の子を出したのだから、最後も同じ流れ(全部見せる必要はなくて、立ち向かう様子を見せればいいのだけれども)で終わる方がいいんじゃないかなと。

 

■まとめ

 

いろいろと文句をつけてもきましたが、「BALLAD 名もなき恋のうた」も「アッパレ戦国大合戦」もすばらしい作品でした。

タイムスリップものとしては、現代というギミックを使わな過ぎなんじゃないかと思ったりもしましたが、そこが問題なのではありません。

過去と現代の比較のなかで、どれだけ現代人が恵まれているか(自由恋愛やモノに恵まれていること)、辛い戦乱の世に生きる人間の強さ、大事なものが失われる悲しさ、あっさりと命が散ってしまう儚さ、どれだけ戦ってもそこに永遠の安泰はないという戦いの虚しさ、そういった要素が上手く表現されている映画です。

 

ただ、最近年間自殺者3万人時代ということを考えると、イマというのは過去よりも過酷なのではないかという思いも僕のなかにあったりします。

当時はそれこそ「大切な人を守る」という純粋な目的のもとに生きてこられましたが、今は見えないナイフで胸を突かれるようなことが多いのではないかと思います。

目の前で血を流して倒れれば感傷はありますが、ひっそり練炭などで亡くなられたら、事実としての「死」しか認識できません。

幸い身の回りでそのような話は直接聞いてないですが、クスリを飲んでいる人はたくさん知っています。

血が流れない合戦映画ということで、そんなことを思ってしまいました。




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